ウチの猫は名前を呼びかけると返事をする/振り向く/走り寄ってくる……。猫の飼い主ならば大抵はそう感じているはず。
それが“思い込み”でも“飼い主のひいき目”でもないことを知っているだろうか? 東京大学認知行動科学研究室の齋藤慈子講師らの研究チームによる「ネコは飼い主と他人の声を区別していると考えられる」という調査結果(http://www.cbs.c.u-tokyo.ac.jp/home/saito/neko.html)が、2013年3月26日付けの「Animal Cognition」(電子版)に掲載された。ilove.catは調査結果について、斎藤講師に話を聞くために東大の研究室を訪れた。
「確かにこれは、猫の飼い主さんならば普通に感じていることではありますよね。ところが研究の世界では、裏づけなしに“猫は飼い主の声を区別している”と書いたところで話にならない。そういったひとつひとつのことに、研究による実証の引用がなされないと全く意味がないんです」と齋藤講師。
実験は、飼い主が猫の名前を呼ぶ声と、飼い主と同性でネコと面識のない他人4人が猫の名前を呼ぶ音声とをあらかじめ録音して行ったそう。
「普段飼い主さんが猫に向かって呼びかけているときには、声だけではなく顔かたち、においなど、猫に与えている判断のキュー(手がかり)がほかにも色々ありますよね。だから声に反応しているかどうかを実験するには、録音した音声をプレイバックするのが有効なんです」
始めに流すのは知らない人の声。最初は突然、音がしたことにびっくりして反応を示すものの、知らない人の声を繰り返していくとその音に慣れていって段々反応が弱まる(馴化)。ここで次に飼い主の声を流すと、反応が戻るため(脱馴化)、飼い主と飼い主でない人とを区別していることが証明されるのだという。
「一度馴化させて脱馴化の反応をみるのは、赤ちゃんやほかの動物でも使われている実験方法です。鳴いたりしっぽを動かしたりする“返事”のような反応はあまりみられず、多くの猫が頭や耳を動かす反応を示しました」
ひとつの研究に必要とされる実験対象は20匹程度。今回の研究でも同程度の実験がなされたが、猫ならではの苦労も多いそう。
「猫は研究対象にはまるで向かないんです(笑)。同じペットでも犬は“ここに座って”とか“そのままでいて”といった指示を聞きますが、猫はそうはいきませんから。実験者がやって来ただけで部屋の隅っこへ逃げてしまうことも多いので、なかなか研究が進まないんですよね。また“犬は人につき、猫は家につく”というように、犬は実験の場所へ連れてきてもらうことができるけれど、猫はこちらから飼われているお宅へ出向かないといけない。協力をとりつけるのが難しいケースもあります」
研究の困難さから、犬に比べると猫の生態には解明されていないことも多い、と齋藤講師。
「特に人間とのコミュニケーションについての研究は遅れをとっていますね。犬の場合は、毎年数十もの論文が出版されている状況ですが、猫の論文はほとんどありません」
飼い猫と過ごす時間がほかの誰より長かったり、飼い猫が家族同様の意味を持ったりというケースも多くなった現在の社会では、猫の生態が解明されていくことには、論文の裏づけとなる以上の意味があるだろう。
「飼い主さんの体験的な知識だけではなく学術的に猫の生態が証明され、どんなことに敏感かが分かれば、猫が快適で健やかな暮らしを送るためには何に気をつければいいのかも分かるようになりますし、万が一問題行動があったときにも原因を特定するのが容易になっていくはずです」
ちなみに齋藤講師は自身も幼い頃から猫を飼っている根っからの猫派。
「実験も難しいし、つぶしもきかない。猫だけの研究を進めていくのは正直大変」と話すものの、「猫が好きという気持ちはやっぱりいちばんのモチベーションですね」と話す。飼い猫と人間との健やかで幸福な関係のために、これからの研究にも期待がかかる。
「声の実験はその後も続けていて、現在は、飼い猫が自分の名前を認識しているかどうかの研究に入っています。日常レベルでは自分の名前で振り向くように見えるけれど、実際のところはどうなのか? 結果がまとまったらまた発表するつもりです」
とても身近で大切、何を考えているかが分かりそうで分からない“ウチの猫”。齋藤講師たちの研究は、そんな“本当の気持ち”を知る手がかりとなっていくはずだ。