音楽家・渋谷慶一郎×シゲ — ただシンプルに、一緒に暮らす

Sep 6, 2011 / Interviews

Photo:Shin Suzuki / Text:Sawako Akune / Edit:Madoka Hattori

自らのレーベルATAKを主宰し、コンサート、サウンド・インスタレーション、映画音楽、プロデュースなど、仕事の幅をどんどん広げる渋谷慶一郎さん。今年で21歳になるシゲさんとは、以前は一緒に暮らしていたものの、多忙をきわめる現在は実家のお母様のところに“別居中”なのだとか。お母様が留守の間、しばし慶一郎家に戻ってきたシゲさんは、老齢を感じさせない足取りと太い声音で部屋を歩き回っていました。

父親の代わりに飼い始めた猫!?

ーシゲさんとの出会いは?


「僕は高校を卒業してすぐに父を亡くしているんです。他界して母と2人になって、寂しくなるから猫を飼おうという話になったんですね。で、当時付き合っていたガールフレンドの、そのまた知り合いの家に子猫が生まれたというので見に行ったんですよ。父を亡くしたばかりだから、とにかく元気なコがよかった。それで身体ががっちりとして、鳴き声も元気いっぱいだったシゲに決めたんですよね。オスでもメスでもよかったけど、オスの方が長生きだと聞いたんです。そんな経緯で飼い始めて、今年で21歳になります。ちなみに名前は父の名前の『重光』から。飼い始めたあと、母がごはんのときなんかに『シゲー、シゲー』とか大きな声で呼んでいたら、近所の人は『もう亡くなった旦那さんを呼んでるのね、かわいそうに』とか思っていたらしい(笑)」

ー飼い始めて以来ずっと一緒に?


「いえ、実はこの家に連れて帰るのはしばらくぶりです。僕が結婚している間は、mariaも猫好きだったのでシゲも一緒に賑やかに住んでいたんですが、mariaが亡くなって、僕が猛烈に忙しくなってしまったので、さすがに飼いきれなくなって実家に預けたんです。今は母が旅行に行っているので、ひさしぶりに引き取ってるんですね(笑)。でも、昨日連れて帰ってきたら、最後はトトトッと我が家のドアへ自分で走って行きました。やっぱり覚えているのかもしれません」

ー21歳はかなりの高齢ですが元気ですね。


「最盛期は5kgくらいあったんですが、今はかなり歳をとったなと思います。目はほとんど見えていないし、歯がないのでエサも少しずつしか食べられない。甲状腺の薬、吐き気止め、胃薬を処方されていて、食事の後には飲ませています。でも最初に出会ったときに異常に元気だったという印象は正しくて、今も骨格はすごくがっちりしてる。目が悪い分耳はすごくいい。そこは僕と一緒ですね(笑)、僕も視力は相当悪いから。あと、エサも一回の量は多くないけれど何度でも食べるので、食欲だけに生きているみたいにも見えます。猫ってもともと本能のままだけど、より削ぎ落とされた本能の塊というか……。ちょっと清々しいくらいですね(笑)」

猫と音楽

一緒に暮らしている間って、どんな飼い主でした?


「いわゆる猫可愛がりとはほど遠くて、かなり厳しく育てましたよ。シゲはかまわれたがりの甘えん坊なんですが、作曲している最中にうるさく鳴いたりすると、投げてましたから……。いやいや虐待じゃなくてしつけね(笑)! あ、でも曲が思いつかないときに、ピアノの上を歩かせたこともありますね。人間の手の幅と猫の手足の幅はまるで違うので、いい和音を鳴らすんじゃないかと思ってやったら、なかなかよかった。一緒に暮らしている間にもずいぶん曲を作りました。シゲは基本的にはピアノの音は好きみたいで、静かに聞いてるんですよ。逆にサインウェーブの音は嫌いでスピーカーに向かって鳴くというより吠えまくっていたので、猫に嫌われる音はダメだなと思ってサインウェーブは使わなくなっていきましたね(笑)」

ーシゲさんはいたずらとかしてました?


「わりと素直ですけど、洋服ダンスに入っていったまま出てこなくなったり、New Balanceのスニーカーにおしっこされたりはしましたね。一度されると絶対においがとれないから捨てるしかない。あれはまいったな」

ーご飯へのこだわりはありますか?


「今は量を食べられないので、『銀のスプーン』の缶詰にごはんを混ぜたものをあげています。缶詰だけだと栄養価が高すぎるみたい。もう少し元気な頃は『ロイヤルカナン』の老猫用のカリカリを食べさていました。ある時から人間の食べる物は一切やらないようにしたんですが、猫の健康のためにはその方がいいみたいですね」

おもちゃもグッズもゼロ。ただ“猫がいる”暮らし

ートイレやおもちゃは?


「トイレはいわゆる猫用トイレとかではなくて、そこらで売ってるプラスチックケースにトイレの砂を入れたもの。実家でも同じようにしていて、砂は僕がネットで通販して実家に送ってます(笑)。どうしたってトイレは汚れるし、臭いも出るものなので、それだったら専用のトイレをいちいち買うより、どんどんケースごと捨てて替えるほうがいいかなと思うんですよね。寝床も適当な段ボール箱にタオルを入れただけのものだし、おもちゃも一切持ってません。おもちゃ代わりにベルトで遊んだり、地下のガレージで追いかけ回して走らせたり。今になってみると、

分に運動させてたことが、シゲが今も元気な秘訣なんじゃないかな」

ー猫グッズは……持ってます?


「持ってるように見える? 当然持ってませんね。猫アイテムが嬉しいとかって、結局人間側の都合でしょう? 僕は単純に猫そのものが好きなので、アイテムには興味ないんです。だいたい僕は、音楽にしたって機材はなんでもいいし、車も時計も興味ない。犬って散歩に連れて行ったり着飾ったりして見せびらかすものっていう側面があるけど、猫はもっとプライベートな動物。そういうところが相性いい気がする。だから猫グッズを揃えて、おもちゃも買ってあげて最高の寝床を作って……というような飼い方にはならなくて、もっとシンプルに、ただ一緒に住んでいる、という感じなんだと思います。でもね、今は昼すぎから夜中の3時まで仕事場にいるような生活なので、家庭やペットにかまいたいというような時期じゃないのかもしれないなと最近思いますね」

ー渋谷さんにとっての猫の魅力って何ですか?


「ミュージシャンはわりと猫と相性いいんじゃないかな。犬と比べて猫は静かだし、こっちが不規則な暮らしをしていても自分だけで勝手にやってるし。『犬はWindowsで猫はApple』とか言ってる人がいたけどどうなんだろう。つまり犬はコストパフォーマンスがよくてよく働く良妻賢母型で、猫はお金はかかるけど連れて歩きたい女だ、と(笑)。でも僕はシゲを見せびらかしたい、っていうような願望は全然ないからなあ。でも単純に、形として完成されているな、とは思いますよ。フォルムに無駄がなくて、美しい。なかでも雑種はいいですよね、たくましいし」

猫のような女性は魅力的か

ーじゃあ、猫みたいな女性の魅力って何ですか?


「そういうことを聞かれるだろうと思ってましたよ(笑)。猫のような女ね……、昔は好きだったけど、最近はそうでもないなあ。気まぐれでつかみがたくて、結局は振り向いてくれない。そういうものを追いかけているような時間はもうない(笑)。だから天然で猫みたいな女性はもういいかな。テクニックとして“猫みたい”っていうのならいいかもしれない。あ、あと猫を飼っている女性は寂しがり屋で狙いやすいとか……。ああ、ひどい話になってきたな(笑)」

ーシゲさんと一緒に寝たりするんですか?


「いや、自分の寝床で寝てますね。ウチの母親のベッドには入ってくるみたいですけど、僕のベッドに来るのは朝、起こしにくるときくらい。入るベッドを決めているというのはね、人間の男よりもエラい。なんだ結局こんなところで話は終わるのか(笑)」

  • 名前: シゲ
  • 年齢: 21歳
  • 性別:
  • 品種: 雑種・トラ
  • 飼い主プロフィール:
    渋谷慶一郎(しぶや・けいいちろう)
    1973年生まれ、音楽家。東京芸術大学作曲科卒業。2002年に音楽レーベルATAKを設立。国内外の先鋭的な電子音響作品をCDリリースするだけではなく、デザイン、ネットワークテクノロジー、映像など多様なクリエーターを擁し、精力的な活動を展開する。2009年、初のピアノソロ・アルバム『ATAK015 for maria』を発表。2010年には『アワーミュージック 相対性理論+渋谷慶一郎』を発表し、TBSドラマ『Spec』の音楽を担当。2011年は、モスクワでのイベント『LEXUS HYBRID ART』のオープニングアクトを担当するなど、多彩な活動を続ける。9月10日『TAICOCLUB CAMPS '11』に出演。9月末にファーストアルバムに2曲の新曲を追加したアルバム「ATAK000+ Keiichiro Shibuya」をリリース。
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