独特の髪型とテンションの高座姿で、寄席や落語会でも独特の存在感を放つ春風亭百栄さん。古典はもとより新作落語も数多くかける彼の根多のなかには、猫好きならではの噺もあるほど。猫を飼うために引越してきたという自宅では、元野良猫のカイさんとモモさんが迎えてくれました。
ーいつから猫を飼っているのですか?
「サバトラのカイくんを飼い始めたのがちょうど10年前ですね。以前住んでいた場所で、近所の人たちで世話をしていた野良猫だったんです。10数匹いたなかに、このカイくんと、今年の6月に亡くなったササミがいました。世話をしているうちに、カイとササミだけがすごく懐いてしまったのだけど、当時住んでいたマンションはペット禁止。それで2匹を連れて今のマンションへ引越して飼うようになったんです。以前の場所というのが三遊亭圓窓師匠のご自宅のそば。師匠の女将さんと、息子でやはり落語家の三遊亭窓輝くんが野良猫たちをすごくかわいがっていて、引越して3年ほど経ってから、母猫が面倒を見切れない子猫がいるからもう一匹飼ってやれないか、と窓輝くんから連絡があったんですよ。そうしてやって来たのがモモちゃんです」
三者三様の“元”野良たち。
ーそれぞれ性格は違いますか?
「亡くなったササミはとにかく人なつこいコでした。野良猫時代にはおばちゃんたちに大人気で、いつもいいエサをもらっていたし、飼うようになってからも僕の膝に乗ってきたりしていた。カイとモモは実はウチの奥さん派で、僕にはあまり抱かれない(笑)。一言で言うと、カイはヘタレでモモは気が強いですね。一日一回くらいは2匹で取っ組み合い喧嘩をしていますが、最近は年上でオスなのにカイが負けちゃいますね。猫パンチものろくて、攻撃のバリエーションが乏しいから。モモがまだ小さい頃は、巨体を使ったベアハグで押さえ込んでましたけど、最近はモモのキックに負けてます」
ー名前の由来は?
「カイは野良猫時代からの名前です。頭にできものができて、それを強烈に痒がっていたので“カイカイ”と呼ばれていて、それが“カイ”になりました。モモにはこれといった由来はないですよ。普通の名前をつけようと思った、というくらいですね」
ー師匠も“モモちゃん”だからてっきり何か関係があるのかと……。
「いや、僕が百栄を名乗るようになったのは真打ち昇進の2008年からですから、実はモモの方が“モモちゃん”歴は長い(笑)。名前を考えているときに、師匠の春風亭栄枝が名前をつけあぐねて、自分でちょっと考えてみなさい、と言われて、持っていった名前が“百栄”と“角栄”。まさかそれに決まることはないだろうと思っていたら、“百栄”を見てぱっと『これがいい!』と。だから決まった日は家に帰ってから猫の“モモ姉さん”に『同じくモモちゃんにになりました』と挨拶しました」
ー落語にも猫の出てくる噺はありますか?
「いくつかありますよ。ぱっと思いつくところだと、『猫の皿』『猫の災難』『猫の忠信』なんかがそうですね。先輩や仲間からも、猫好きなんだから猫の噺をやった方がいいとはよく言われるんですが、猫に思い入れが強すぎるので、逆に上手くいかないんじゃないかと思って避けてきているんですよね。猫の部分をやけにかわいがってしまうんじゃないかと思うから。ただ、新作落語で猫の噺をつくったことはあります。(三遊亭)円丈師匠、(柳家)小ゑん師匠と一緒にネタ下ろしの会に出させていただいたときに、『猫をテーマに作れ』と言われまして、上司から言われたんじゃ断れない(笑)。それで『バイオレンス・スコ』という噺を作りました」
野良猫の近未来を描いた新作落語!?
ー……すごいタイトルですが、どんな噺なんですか。
「本当にくだらないんですけど、聞きますか(笑)? 近未来、野良猫が種別に徒党を組むようになるという設定のストーリーです。スコティッシュ・フォールドはスコのチーム、アメリカン・ショートヘアはアメショのチームという具合。それぞれの種は独自のエサ場を持っているのですが、ある日、スコの親分のところにアメリカン・カールの親分がやって来て、『金曜日のエサ場をウチと交換してほしい』と言うんですね。『そのかわり、ウチらの週末のエサ場をそっちに提供するから』と。スコの親分が『冗談言うな、ウチの金曜はあのロイヤルカナンなんだ!』と言うと、『ウチの週末は懐石zeppinだ』と答える。実際にエサの種類をあれこれと調べ上げて作ったんですよ(笑)。結局、スコの親分は『俺らにエサをくれる人間たちを裏切るわけにはいかねえ』って断るんですけど、その後も種の間の争いが続きます。猫好きにしか分からないようなコアな知識も入った噺ですが、猫のことを知らない人も笑ってくれていましたね。タイトルは(柳家)喬太郎師匠の『バイオレンス・チワワ』からいただいたもの。ストーリーは全く変わっていますけどね」
ーその噺、聞いてみたいです…。エサの話が出ましたが、カイくんとモモちゃんのエサやトイレはどうしていますか?
「2匹とも野良猫の頃には何でも食べていたのに、飼うようになってからはすぐにエサに飽きてしまうんです。ドライはロイヤルカナン、ミオコンボ、ピュリナワン、懐石などを替えながらやっていますね。それに缶詰を1日1缶。トイレはこだわりなくごく普通のものを2匹で共有。エサもトイレもインターネットで購入しています」
ーおもちゃは使いますか?
「けっこうありますが、やっぱり飽きやすいですね。ただモモは、なぜか僕の洗いざらしの肌襦袢が大好き。マタタビをかいだときと同じ顔をしてじゃれてます。傷つくことに、脱ぎたてのものには見向きもしない(笑)」
ーお家の中に猫のアイテムがかなり多いですね。
「そうですね、置物でも何でも猫関連のものが目につくとつい買ってきてしまう。小さな猫の置物を並べている木の棚は、奥さんの作。自分でつくるのがすごく得意なんですよ。それから毎年酉の市で買う熊手も、招き猫がついたものなど、何かしら猫に関わるものを選んでいますね」
カラスにさらわれた(?)モモ。
ー元は野良猫だったコたちを、今は完全に室内で飼っていらっしゃいますが、逃げたりしたことはないですか?
「それはないですね。ドアを開けても外へは踏み出さない。ただ一度だけ、モモが窓から外を覗いていたと思ったら、バサバサッと音がして次の瞬間には隣の工場の屋根にいたことがあって。到底ジャンプできるような距離でもないので、おそらく身を乗り出しているところを、カラスにさらわれて落とされたんだと思うんです。モモは屋根の上で4羽くらいのカラスにいじめられていてパニックを起こしていて、それを見て僕もパニック。今考えると本当に迷惑な話ですけど、慌てまくって消防車を呼んでしまったんですよ。
『もしもし! 猫が!』
『落ち着いてください、どうしました!?』
『猫が! 屋根に!』
って、当たり前のことを言ってしまって(笑)。なんとか説明して、それで消防士さんが2人来てくれたんです。改めて『どういう状況ですか?』と聞かれて、『そこに! そこに!』って言ったら『……猫が屋根に上っている、街でよく見かける光景ですね』と(笑)。まあそうなんですよ。不安定な工場の屋根で危険なので、『どうしてもということならハシゴ車を呼ぶことになる、でも落ち着いて考えてみてください』って諭されて。『夜になりゃ下りてくるんじゃないですか』って。当然ながら冷静(笑)! 結局、マンションの住人の方が脚立を2つつなげた、長いハシゴを作ってくださって、僕がそれに上って助け出しました。今は単なる笑い話ですが、あのときは必死でしたね」
ー猫のどういうところが魅力なんでしょう?
「犬との比較になっちゃいますが、やっぱりとても好き勝手に生きているところですね。僕はお笑い全般が好きですが、その中でもやっぱり落語が圧倒的に好きで、だから噺家をやっている。その大きな理由のひとつが、人と合わせなくて済む、っていうことなんです。稽古も一人、お客さんの前に立つのも一人。呼吸もリズムも自分自身で調整する。猫のあり方に憧れているわけじゃないけれど、なんだか通じるものは感じます。もちろん、ともかくかわいい、というのが何より猫好きな理由ではありますけどね。子どものときからずっと飼っていたし、そばにいるのが普通という感じなんです」