デビュー作『オオカミがとぶひ』(イースト・プレス)で第18回日本絵本賞大賞を受賞し、その力強いタッチと独特の視点をもった動物たちの絵で人々を魅了する画家・絵本作家ミロコマチコさん。ミロコさんは今、2匹の兄弟猫ソトさん&ボウさんと暮らしています。今年9月、その2匹の猫たちと出会う前に暮らしていた最愛の白猫・鉄三との日々を綴った絵本『てつぞうはね』(ブロンズ新社)が発売されました。鉄三が絵本になるまで、そして新たな猫たちとの日々について伺いました。
犬派から一転、突然スタートした猫との暮らし
—幼い頃から猫と暮らしていたのですか?
「いえ、大人になるまで猫と暮らしたことはなかったんです。実家では犬を飼っていたので、むしろ犬派でした。隣の家で猫を飼っていて触れたことはあったのですが、自分が猫を飼うとは想像もしていなかったですね。大学卒業とともに、すぐに鉄三を飼い始めました。ペットショップで売られていて、毎日その前を通りながら可愛いな〜と思って見ていたんです。しばらくしたら大安売りされ始めて、まだ2ヶ月半くらいだったのに、売れ残ってしまったようで……。思わずお店に入って抱っこさせてもらったんです。外から眺めていた時は飼いたいという気持ちはなく、近所の野良猫に挨拶をするような感覚だったのですが、抱っこしてすぐ“飼います”といって連れて帰りました」
ー実際に一緒に暮らし始めていかがでしたか?
「ペットショップで抱っこした時から、ものすごい噛み癖がありました。寝ていても足の親指を噛まれたり、こんなに猫って攻撃するのだなと。もちろん遊んでいて甘噛みなのですが。もっと距離があると思っていたのに、意外なほど近くに寄ってきましたね。でも抱っこは嫌いで、一緒に寝ることはなかった。いつも、布団のはじっこにいました。側にはいるけれど、ベタベタと接するのは苦手だったようです」
ー犬との違いは感じましたか?
「鉄三はトイレを1回で覚えたんです。そんな学習能力があるのかと、驚きました。あと犬はご飯をあげただけ全部食べてしまっていたのですが、鉄三は全部食べずに残したり、食べ方もキレイ。なんてかしこい子なんだろうと思いました」
真逆の性格を持つ!? 兄弟猫・ソト&ボウ
ー鉄三さんが亡くなった後、新たにソトさんとボウさんの2匹と暮らしはじめたわけですが、2匹の猫との出会いは?
「鉄三が8歳で病気で亡くなって、もう猫を飼うのは無理だと思ったんです。でも友だちや知人から、保護した猫を引き取らないかという話をいくつかもらって。その時はまだ悲しみが多くて、お断りしていました。でも展覧会へ来たお客さんが、私のブログを見て、同じように猫を亡くした悲しみを抱えていて、ポロポロ泣きながら猫の話をしていたんです。“いつ亡くなったんですか?”と聞いたら、“10年前です”と。10年経っても、まだこの悲しみは続くのだなと思ったら、亡くなってからの期間は関係ない。今、困っている猫がいるのであれば、私は猫を飼える環境にあるので、迎え入れてあげようと思ったんです。もちろんタイミングがあるから、今すぐではなく、1年後か2年後くらいにと考えていました。そんな時、知り合いの絵本作家さんから、猫を保護することがあると聞いて、もし困っている猫がいれば声かけてくださいと伝えたら、その2日後に猫を拾ったと連絡がきたんです。それがソトとボウでした」
ーなるほど。急な出会いだったのですね。
「その方が拾ったのは兄弟で捨てられていたようで、ピンクの鼻のソトと鼻に黒ブチのあるボウ、そして黒猫の3匹がいました。本当は3匹連れて帰りたかったのですが、うちのマンションが2匹までしか飼ってはいけない規則なので、2匹を選ばないといけなかった。兄弟を引き離して2匹だけ選ぶなんて絶対できない!と思っていたら、黒猫が欲しいという人が現れたと連絡がきたんです。それで、白黒の2匹を引き取ることに。外房線地域に捨てられていたので、ソトとボウと名付けました」
ー鉄三さんを抱っこした時と同じような出会いの縁を感じたのですか?
「2匹とも可愛くて仕方なかったのですが、鉄三が亡くなって2ヶ月しか経っていなかったので、正直、まだ悲しみを引きずっていました。だから、この子たちを愛せるのかちょっと不安でした。旦那さんも2匹を見て“鉄三に悪いし、僕は可愛がれない”と。でも“何かが死んで、また命は生まれる。ソトとボウの命も、てつぞうと同じように大事にしたほうがいい”と説得しました。最初は全然構わなかったのに、私が居ない時に“猫ちゃん可愛いね〜”ってデレデレしていて(笑)。素直になれなかったみたいです」
ーミロコさん自身にも、葛藤や変化があったのですね。
「鉄三のことを忘れたわけではないよと、毎日毎日お祈りしていました。居なくなった途端に家の中が寂しくなっていたのですが、2匹に増えて一気に慌ただしく賑やかになりました。鉄三は病気をしていていたので、亡くなってすぐは、病気をしていた頃のことばかり思い出していたんです。でも2匹がやってきて、鉄三がうちに来た時のことやおもちゃで遊んだこと、絵本『てつぞうはね』にも描いたのですが、ご飯のうつわやトイレなども同じ物を使っていて、鉄三と比べて食べるのが下手だなとか。明るくて楽しかったことをたくさん思い出せるようになりました」
ーソトさんとボウさんの性格は?
「ソトは細マッチョで神経質。我が強くて、男の人がきたらライバル心をむき出しにして、その人が帰った後に座っていた座布団におしっこをすることもありました。ボウはぼんやりしていて、ご飯を食べるのものんびり。体格もムチムチしています。兄弟なのに、全くタイプは違いますね。まだ1歳8ヶ月なので走り回ったり、やんちゃ盛りですね。タコのオモチャが大好きで、買いだめしています(笑)。ご飯はカリカリ、たまに煮干しをあげます。私のことがすごく好きで、お母さんだと思っている気がします」
鉄三との思い出を絵本に
ー鉄三さんの絵本『てつぞうはね』をつくるきっかけは?
「今年の初めに、ブロンズ新社の若月編集長が、私がカレンダーで“私が死んだら、鉄三とまたいっしょにくらすよ”と描いていることを知って、絵本にしませんかと連絡をくださったんです。ブログには鉄三のことを載せていたりしたのですが、本にしようと思ったことはありませんでした。亡くなったばかりだったのでいつか形にできればいいよねという感じでオファーをいただいたのですが、すぐにやりたいです! とお返事しました。でも打ち合わせの時にも、泣いてしまって……。まだまだ悲しみが解消されるのは先かなと思ったのですが、3月頃にラフが出来て、すぐにブロンズ新社に持っていきました。こんなに早く作るとはビックリしたといわれましたが」
ーその様子はTV番組『情熱大陸』でも放送されていましたが、そこから半年で発売というのは、ものすごいスピードですよね。どのように絵本を仕上げていったのでしょうか?
「いつか出来たらいいねと思っていたのですが、ラフが出来てからは毎週のように、前のめりで打ち合せしていました。鉄三を大きく見せる箇所が多かったので、長い年月を一緒に過ごしてきたのだということを伝えるため細かいエピソードを加えたり。鉄三の話はもちろんですが、鉄三が亡くなった後にソトとボウが来て、鉄三の残した匂いや気配ともに、自然に暮らしている姿を描きたかったんです」
ー猫をモチーフにした絵本はたくさんあると思いますが、『てつぞうはね』は猫と暮らす人にとっての再生の物語ですよね。またこれまでミロコさんが描いてきた絵本とも全く違うパーソナルな物語でもある。
「若月編集長に鉄三の絵本をつくりませんかと言われなければ、絶対に作らなかったと思います。私は絵本の中に、教訓めいたことや、自分の個人的なことを描くのは本来は好きではないんです。自分自身のことというよりは、自分の想像する世界や、むしろ憧れるような世界を描いてきました。しかも鉄三やソト、ボウは実在する生き物。鉄三のことは、好きすぎてただの猫バカになってしまうので(笑)、本当に描いていいのかなと不安でした。自由に描いていいと言われてからは、嬉しくて嬉しくて。だから作っている時の気持ちは、いままでの他の絵本とは全く違いましたね」
ー猫を描く時と、他の動物を描くときの違いはありますか?
「実は、猫自体もほとんど描くことが無かったんです。猫は身近すぎて、実物を見過ぎているし、実物よりカッコイイ絵は書けない。ほかの野生動物はそんな簡単に実物を見ることはできないし、触ったり撫でたりすることもできないですよね。ぬるま湯にひたっている人間とは全く違う、野生の世界に憧れて描いてきました。だから猫を描くというのも苦手だったのですが、作家として猫の絵を描く展覧会にお声がけいただき、徐々に猫を描くことが増えてきて。今度も新潟の絵本と木の実の美術館で開催される『ぺットショップにいくまえに』展(〜11/30まで)でソトとボウの絵を展示します。他の動物を描くときの総称としてのトラとかではなく、これはソト、これはボウというその子自身を描いている。だから他の動物を描く時と猫を描く時は全く違います。猫は佇まいというか、姿勢がそれぞれ違いますよね。ソトとボウでも全然シルエットが違って、性格が現れるというかその姿を描きたいです」
ー絵本『てつぞうはね』で一番伝えたいことは?
「正直に言えば、鉄三かわいいでしょ? っていう気持ちが半分以上です(笑)。でもブログに鉄三のことを書いたり、亡くなった話をしていると、普段は表に出さなくても、みんなそれぞれに別れを経験しているのだと知りました。動物だけでなく、家族や友人が亡くなってしまった時に、みんな自分なりの方法で別れを受け入れ、悲しみに折り合いをつけてきた。看取れたことも辛かったですがよかったなと思うし、今のタイミングで絵本という形にするのは、私自身にとっても大切なこと。10年後に絵本にするのではなく、鮮明な、悲しい辛い気持ちを抱えたまま作ることで、どんな作品になるか、見てみたかった。だから、思い出すと悲しいことだけれど、私なりに、こういう風に今は過ごしていますと。劇的ではなく、素直に、自然に命が繋がっているんだよって伝えたいんです」
絵本『てつぞうはね』(ブロンズ新社)
http://www.bronze.co.jp/books/post-85/http://www.bronze.co.jp/books/post-85/