活版印刷のブランド「SAB LETTERPRESS」を主宰する武井実子さんは、12歳になるデビさんと暮らしています。ふわっふわの美しい毛並みで、雑誌モデルとしてもひっぱりだこなデビさん。仕事も友人も、猫とのご縁があってこそ、と語る武井さん宅にお邪魔しました。
元野良から飼猫へ
—デビさんの猫種は?
「わからないんです。動物病院ではラグドールではないか言われたのですが、もともとは家の近所にいた野良猫でした。あるお宅でいつもご飯をもらっていたので、その方が半野良で飼っているのかと思ったのですが、聞けばご飯をあげているだけで、誰かいい人が飼ってくれたらいいのにと言われて。だんだん情が湧いてきてうちで引き取ることにしました。ちょうど3歳くらいでした。デビという名前もそちらのお宅で名付けられていた名前です」
—室内飼いには慣れましたか?
「近所の野良猫たちは、私が近づくとさーって逃げてしまうのですが、デビくんだけは擦り寄ってきたんです。きっと人が好きなんでしょうね。家に連れて帰ると、一通り間取りをチェックしたら、安心したみたいで、居間でお腹をだして寝始めました。一緒に暮らす数日前から血尿をしていたので、次の日、獣医さんのところに連れて行き、くまなく調べてもらいました。体重を図ったら6.25kgもあったんですよ。昨日まで野良猫だったのに、路上でこの体型をキープできるのはすごいなと思いました(笑)」
—検査の結果は?
「全く問題なかったです。野良猫だと、やはりいろいろと病気を持っているかもしれないと心配していたのですが、あえていうなら皮下脂肪が多いことくらいでした。獣医さんには、血尿にならないように、phコントロールのカリカリをあげるように指導されました」
—どんな性格ですか?
「図太いというか、よくいえばおっとりしていますね。ご飯も野良猫だったはずなのに、ゆっくり食べるし。ストリートあがりなのに気品があるね、って言われます(笑)」
猫がキャスティングされる理由
—デビさんはよく、ファッション誌などでモデルをされているとか。
「知り合いのカメラマンや編集の方が声をかけて下さり、たまに撮影に参加しています。人懐っこいし、スタジオでも全く動じなくて。毛がふわふわしているので、秋冬モノやクリスマスシーズンの撮影に呼ばれることが多いですね」
—なぜ雑誌や広告に猫が求められるのでしょうか?
「従順ではないからですかね。猫の撮影が大変だっていうのは、誰もがわかりますけど、そこでいい絵が撮れた時には達成感があるのかなと。あと撮影時に思い通りいかなくて、ハプニングが起こるとスタッフのみなさんが笑顔になる。セットを壊したり、おやつを盗んだり。仕事の場で、そんなことを許されるのは、猫しかいないですよね(笑)」
—この家具ブランドE&Yのテーブル「HAMMOCK」のラタン部分にデビさんが乗っている写真は、海外でも話題になっていましたよね。
「実はこのテーブルは、猫用ではないんですよ。E&Y代表の松澤さんに、このラタンにデビくんが入ったら絵になるよねって言われて、撮影に連れていってみたら、すぐに入ったんです。サイズ的に自分しか入れないので、心地いいんでしょうね。デザイナーの二俣さんはデザインする時に気の流れも意識されているそうで、その気をちゃんと猫が察知しているのだと思います」
—他にお気に入りの場所は?
「ダイニングの椅子や宇宙船型のキャットハウスです。ラタン素材が好きみたいで。このハウスは気に入って、爪を研ぐのでボロボロになってしまったので2代目です。昔はよく走り回っていましたが、最近はおもちゃであまり遊ばないですね」
—こういってはなんですが、なんとなく……置物感がありますよね。
「確かに! インスタグラムに写真をあげても、ほかの猫たちはいろんなポーズをしているのに、うちのデビくんは変化がないなーって思っていました。カリカリでも釣れないし、まあしょうがないですね(笑)」
気づけばすっかり猫派に転身
—デビくんと暮らし始めて、生活に変化はありましたか?
「猫自体が気になるようになりました。もともと犬好きだったのですが、完全に猫派になり、友人たちに猫のいいところを熱く語ったり、デビくんの絵や作品をつくってもらったり。猫グッズも、ついつい買ってしまう。猫まっしぐらですね」
—どんこさんのカレンダーもありますね!
「もともと外山さんと友人で、お互い猫を飼いだしてから猫の話をするようになりました。一度、デビくんを連れてどんこに会いにいったのですが、お互いにパンチを繰り出してしまい、全くダメでした。元野良なのに、社会性がないというか……。自分のことを人間だと思っているのかもしれません」
—武井さんご自身は猫っぽいですか?
「夫には、モノを言わずに態度で示すから、よく猫に似ているって言われます。猫は承認欲求がなく、ただ居るだけなのに周囲を和ませてくれる。人としてその境地に達するのは至難の技ですが、そんな猫に対して憧れはあります。また、デビくんと暮らし始めてたくさんの出会いがあったんです。ちょうど活版印刷に出会って『SAB LETTERPRESS』をはじめた頃で、仕事で出会った人が猫を飼っていて仲良くなったり。まさにデビくんが招き猫になってくれました」
—そもそも、活版印刷のブランドをスタートするきっかけは?
「2000年頃、海外のお土産でもらうショップカードがかわいいなと思ってグラフィックデザイナーの友人に聞いたら、活版印刷だよと教えてもらったんです。それから仕事を辞めて主婦をしていたのですが、友人の進言もあり、活版印刷で何かできないかと思い、協力してくれる職人さんを探しました。最初は知り合いのお店にポストカードを置いてもらったりしていたのですが、だんだん活版に興味をもってくれる人が増え、ブランドとして少しずつ認知していただけるようになりました。伝票の書き方もわからない素人だったのですが、職人さんや友人たちに助けられながら続けてきた感じですね。07年には『活版再生展』が開催されるなど、失われつつあった技術がひとつの技法として見直されたのだと思います」
—猫をモチーフにした商品は?
「あえて避けています。思い入れが強すぎるというのもあり……。最近は自分の作りたいものやオリジナルの商品よりも、企業の方から活版印刷を使ったアイテムや企画等でお声をかけていただき、そちらの業務が中心となっています。ただ、そこでも必ずと言っていいほど猫モチーフの話になるんですよね……。デビくんとの生活と同時にスタートしたブランドですから、これからも細々と続けていきたいです。仕事もプライベートも、すべてデビくんが招いてくれたご縁があってこそだと思います」
—デビさんがいてよかったことは?
「いつも幸せな気分を運んでくれる。夜中に目があってドキッとしたり、ぎゅーっと抱きしめたり、まるで恋人みたいですよね。それに、ちょっとおもしろい。たまに変なポーズをしていたり、みていて飽きないんです」