東京・中央区にかまえる荒汐部屋。大きな窓から見学できる朝稽古には海外からの観光客も訪れるといいます。そんな荒汐部屋の看板猫、モルちゃん11歳。稽古する力士たちを見守り、また彼らの癒やしでもあるモルちゃんは、撮影時もサービス満点。部屋を切り盛りする、おかみさんにお話を伺いました。
九州からやってきた招き猫
—モルちゃんとの出会いは?
「いまから11年前、九州場所で滞在していたアパートの前にいたんです。まだ小さい子猫で、捨て猫だと思いました。あまりに可愛くて、一晩一緒に寝たら手放せなくなり、東京に連れて帰ったんです。親方には反対されるかなと思ったのですが、いまではすっかり懐いています」
—もう1匹、猫がいるんですよね?
「そう、ムギです。いま3Fにいますよ。ムギはきっと飼い猫だったと思うのですが、うちの前の駐車場に捨てられていて保護しました。しばらく預かる予定だったのですが、結局うちで引き取ることに。ムギは力士たちの部屋から全くでないんですよ。見知らぬ人がくると逃げるし、巡業でしばらく留守にすると少し人見知りする。モルちゃんとはまったく性格が違いますね」
—犬も飼っていらっしゃるとか?
「三吉です。朝夕の2回、力士たちが散歩に連れていくんです。2匹とも年をとってきたからお互い大人しいですが、若い頃はちょっかいを出し合っていましたね。あとハチという犬もいたのですが、3年前に亡くなりました。だから今は3匹ですね。全員オスで、この部屋は私以外みんな男衆なんです(笑)」
—モルちゃんは、どんな性格ですか?
「人懐っこいし、力士たちとも仲良し。昼間は外に出て、彼女らしき野良猫とデートして、夕方になると稽古を見張っています。海外からの旅行者が見学に来る時も、道路の真ん中でお腹をひろげて大の字で寝ているんですよ。力士でなくモルちゃんの写真を撮っている人もいます」
—ごはんは何をあげていますか?
「尿道結石になってしまって、獣医さんに指定されたカリカリをあげています。でもかつお節だけは特別。おやつであげると夢中になります。本当は海苔が大好きなんですけど、塩分がよくないのであげられないんです」
—“モル”という名前の由来は?
「モンゴル語で猫のことを“モル”と言うんです。うちの関取の蒼国来(そうこくらい)が中国の内モンゴル出身で、彼が名づけました。彼のモンゴルの友人がくるとみんな“モル、モル”と呼ぶので、びっくりします(笑)」
—半野良だと心配なことも多いのでは?
「もともと野良だったから、閉じ込められるとストレスが溜まるんでしょう。毎日、ドアの前で開けてとせがみます。帰ってくると、今日はどうだった、ああだっとと、抑揚をつけて報告するんですよ。先日、散歩している犬に絡まれて、喧嘩して、バーっと逃げちゃって。何日も帰ってこなくて、ああもうだめなのかなと。泣きじゃくっていました。犬に血がついていたから、きっと怪我をしたのだと思って……。でも3日経って、ケロッとして帰ってきたんです。全く傷もなくて、その血は犬のほうだったんですね。大人しいんだけど、けっこう肝がすわっているんです」
稽古を見守るモル親方
—力士たちとの関係は?
「可愛がり方は、みんなさまざまです。猫語変換アプリを使って会話したり、一緒に寝たり。力士って意外と繊細なんですよ。だから、動物に対しての接し方もやさしい。おしつけはしないし、動物たちは彼らのことを信頼しています。仲間だと思っているのかもしれません。稽古中も座布団に座って、ずーっとおとなしく稽古を見ているんですよ。こんなに相撲の稽古を見ている猫は、ほかにいないんじゃないかしら(笑)」
—荒汐部屋にとっても欠かせない看板猫ですね。
「モルちゃんは、招き猫なんです。部屋を起こしたばかりの頃、とても大変だんたんです。でもモルちゃんがきてから、少しづつよくなってきた。朝は親方の膝に乗って、耳掃除と毛づくろいをしてもらっています。実は親方が一番モルちゃんのことを頼りにしているかもしれません。力士たちはあくまでも親方と弟子という立場ですが、モルちゃんは全く気にしない。唯一、親方にワガママを言うことが許される存在。モルちゃんがいなかったら、寂しいですね」
—朝稽古を見学できたり、ここは開かれた相撲部屋という印象です。
「基本的には相撲部屋って、中をみせないですよね。でも中央区ではじめて構えるし、ここは住宅街なので、通りから見てもらえるようにと窓を大きくつくったんです。最近では、海外から毎日4~50名見学にくる方もいます。力士が集中できないのでは、と言われることもありますが、うちは最初からこのやり方でやってきたので。終わった後も、写真に応じたり質問に答えたり、力士にとってもコミュニケーションが活発になるのはいいことです。世界にひとつしかない国技をやっているという誇りもあり、きちんと発信していく使命がありますから。同じように稽古場に動物がいることも、賛否両論あると思います。でも、自然に存在している。修行の場で、殺伐としてしまう時、猫や犬たちがいることで、少なからず彼らの癒やしになっていると思います」