人形作家であり世界のヤカンを蒐集するやかんコレクターでもある粟辻早重さんは、愛猫・トロさんと暮らしています。“猫かわいがりはしないのよ”といいながらも、猫との暮らしをマイペースに楽しんでいる粟辻さん。18歳になるトロさんの不思議な魅力に迫ります。
兄猫に育てられた妹・トロ
—トロさんとの出会いは?
「実は我が家には、もう1匹、すごく可愛い猫がいたのです。オシキットという虎柄の雄猫で、名はアディといいました。アディが2歳になった時に、もう1匹いたらいいかなと、トロを迎えることに。トロはまだ子猫だったので、家にきてからは、ずっとアディがトロを抱きながら、面倒をみていました。トロは優しさというものを、兄猫から教えてもらったと思うのです」
—1歳半違いとはいえ、人間に例えるとけっこう歳の差がありますよね。トロさんはどんな性格ですか?
「頭がいいです。また猫好きな方かどうかっていうのも、すぐわかるみたい。いつもは3階にある私のデスクの下で寝ていますが、撮影があるってわかっているのね。今日はずっとリビングにいますね。多分、私たちの会話も理解しているんじゃないでしょうか」
—猫は20歳を過ぎると、人間の言葉がわかるようになるという伝説もあります。
「いまトロは18歳ですけど、10歳を過ぎたあたりから、なんだか人間に近づいてきた気がします。アディがいた時は、猫だけの社会があるから、って彼らの生活を尊重していました。2匹は、自分たちの社会をもっていましたね。そこに人間は入ってはいけない。でも1匹になってからは、人間との会話が自然と多くなって、より言葉を理解しはじめたのかもしれません」
—もともと粟辻さんは猫好きだったんですか?
「いえ、犬好きだったんですよ。猫たちが来る前は、シーズーを飼っていました。14歳くらいで、腫瘍ができて亡くなってしまって。そのあと、主人が亡くなって、寂しいのではと思った娘たちが猫を連れてきてくれたんです。それからは猫との暮らしですね。アディは13歳まで生きました」
—トロさんはずっと元気ですか?
「彼女はとっても健康です。3~4日家を空けても全然平気。精神面でも、ものすごく自立しています。庭に出ると、近所の外猫が来た時にもちゃんと見張っています(笑)」
—アディさんに育てられたから、猫社会についても自覚があるんですね。どうしても1匹で家だけで飼っていると、人間にしか接することができず、自分を人間だと思っていそうな猫もいますよね。
「トロは自分は猫であるという自覚はあると思います。食卓の上の食べ物は絶対食べませんからね。先日、トロの食欲が減った時、娘から鰹節を勧められてあげたら、とても喜び、毛艶がよくなりました。でも基本は、ドライフードしか食べませんね。美味しい缶詰を取り寄せたこともあるのですが、見向きもしない。いつも普通のカリカリしか食べないんですよ。カリカリ食べているから、歯も丈夫です」
—確かに、18歳には思えない毛艶と元気さです。
「なにより賢いですからね。仕事が終わるまでじっとと待って、私がご飯を食べ、テレビやDVDを見る時にようやく甘えてくる。ところが、6歳になる孫が心配するんです。“トロちゃんは年寄りだね、死んじゃうね”って。死というモノを理解するようになって、だから気になるんでしょうね」
一定の距離感を保つこと
—猫のように、どうしたって人間よりは寿命の短い生き物がそばにいるというのは、子どもにとっても貴重な体験になりますよね。
「私は、猫も人間もかかわり方が同じなんです。猫との一定の距離感があるように、娘や主人とも一定の距離を保って接してきました。あまりベッタリしすぎない。おのおのが自立していることが大切なんです。ある一定の距離があるというのが好きです。だから猫があっていたんでしょうね」
—猫好きな人は、その距離感が心地よいというタイプが多いですよね。それは猫に対してだけではなく、人間にもいい距離感だと。
「私のアシスタントは45年変わっていません。彼女との距離感も、ずっと保たれたまま。言葉使いも、接し方も変えない。もし近くなってしまったら、きっと途中で息苦しくなってしまったと思います。お互いの距離感を変えないことは、とても大事だと思います」
—とはいえ、グッと距離をつめてくる人もいますよね?
「その場合は、サッとこちらが一歩下がります(笑)。でも、距離感が変わる時もあります。80歳の後半になると、人間はだれでも急激に弱ってきます。対面は元気でも、体力がどうしても追いついていかなくなるんですね。そういう友人に会うと、一気に距離が縮まります。人との距離は自然と近くなるものです」
溢れる「やかん」の魅力
—粟辻さん宅にお伺いして、猫以上に気になるのが「やかん」のコレクションです。
「造形的にとても好きで、気づいたら100点以上コレクションしていました。いまもインターネットで探しては、購入しています。やかんの面白さは、まずは機能的なところ。やかんのデザイン自体は世界各国あまり変わらないのですが、でも個性がある。そして、やかんは役者です。映画の鍵となるシーンに、いつもやかんが登場します。小津安二郎監督は『お早よう』という映画で、グリーンのやかんを何度も使っています。子どもがやかんとお櫃をもって家出をするシーンがあるのですが、なぜか隣の家の台所にもおなじグリーンのやかんを使っています。飲み屋でも、また同じグリーンのやかんを使っている。1つの映画の中で、何度も繰り返し同じやかんを使っていることに気づくと、たまらなく嬉しくなります。小津は映画作りの大切なモチーフとして、やかんの使い方が抜群です」
—確かに、お湯を沸かす動作や湯が湧いて会話がとまったり、物事が動く場面転換の役割としても、やかんは鍵となりますね。
「だから、やかんは役者なんです。伊丹十三監督や溝口健二監督も同じように、やかんを映画の中でうまく使っています。やかんが煮えたぎっているだけで、主人公の心情を表したりね。またアキ・カウリスマキ監督は、フィンランドが舞台なので、貧乏な若者もすごくいデザインのやかんを持っていたり。単にキッチンだからって、やかんを置いてある監督もいますが、役者としてやかんを使っている監督の作品を観るのが好きなんです」
—なるほど。だんだんやかんが好きになってきました(笑)。
「最近、やかんを購入したいけど、どんなのがいいですか? と聞かれることも多くって。少し前に入院していた時、看護師さんにオススメを聞かれて、彼女のライフスタイルには野田琺瑯のブルーのやかんがぴったりではと、オススメしました。柳宗理さんのやかんは、お客様に出すにはちょっと色気が足りないのですね。病院のご飯を給餌する時のお茶の入ったアルミの大やかんがすっごくよくてね。欲しかったんだけど、私は病人だし、言い出せなかったの(笑)。いまでも新しいやかんと交換をお願いするればよかったと、ちょっと後悔しています。毎日毎日、病院でほうじ茶を患者さんたちに給餌しているやかん。そういう物語があるやかんに惹かれてしまうんです」
—やかんをデザインしたことは?
「ありません。プロダクトデザイナーの方も、やかんのデザインはとてもむずかしいとおっしゃっています。機能とデザイン、その両方を兼ね備えないといけないから、あらたしいやかんをデザインするんは、並大抵のことではありません。やっぱりコレクションするほうが楽しいですね。私が好きなのはアルミのやかんなのですが、アルミのやかんコレクションを置く棚をいま制作中です。それを考えるのが、いま何よりも幸せ!」
—創作される時には、どういったところからインスピレーションをうけますか?
「感動した時です。先日、ベルリンフィルハーモニーの演奏を聞きに行った時、しびれるような感覚になりました。一緒に行った友人が言った言葉ですが“いい音楽ほど、いい雑念とアイデアがでてくる”って。それは音楽だけでなく、映画や旅もそう。机にかじりついているだけでは、新しいアイデアはでてきませんからね」
—やかんをテーマにした絵本を制作中だとか?
「まだアイデア段階ですが、やかんはキャラクターをつけやすいんです。お父さん、お母さん、若い女の子やおじさん、お相撲さん、もちろん猫になったり。やかんファミリーの物語がつくれたら、と思っています」
—猫が登場する絵本『こねこちゃんとおかあさん』
(http://honto.jp/ebook/search.html?athid=1001922230)はどういう経緯で?
「大日本印刷の方からご好意で、コピーライターの日暮真三さんと電子書籍としてつくりました。猫を創作のテーマにしたのは初めてです。彼らは生きている姿が本当にかわいい。でもいまは猫よりも、やかんのほうがインスピレーションが湧いてきますね」