猫との日々を綴ったエッセイ『猫にかまけて』をはじめ、猫好きとしても知られる作家、ミュージシャンの町田康さん。1階の仕事部屋はニゴ、オルセン、パフィーの3匹、2階の寝室には奈々、エル、シャンティ、パンク、ビーチ、トナ、ネムリキョウシロウの7匹、計10匹の猫と暮らしています。5月にはシリーズ3冊目となる『猫とあほんだら』が発売されました。東京から離れ、海の見える伊豆で暮らす町田さんと猫たちに会いに行きました。
町田家にやってきた捨てられた猫たち
—元々、猫が好きだったのですか?
「特別猫が好きという気持ちはなかったのですが、いつのまにか一緒に暮らすようになっていました。最初は妻が連れてきたココアとカルの2匹と住んでいたのですが、そのうち捨てられた猫を拾ったり、保護団体の人から一時預かりをお願いされて徐々に増えていきました。当時は周りに家がなく、隣も神社というすごく理想的な環境で、猫たちは外に遊びに行って鳥を捕まえたりしていました。しばらく都心にいたのですが、だんだん猫が増えて手狭になったので、伊豆に引っ越すことにしたんです。それで物件を探しているうちに、これまた子猫を拾ってしまったという(笑)」
—最新刊『猫とあほんだら』に登場する、シャンティとパンクのことですね。本では、捨て猫を見つけたときの葛藤が描かれています。助けたいけど、助けるには労力やお金がとても必要になる。自分は見てみないふりをする「利己主義」じゃないかと。それでも町田さんが助けようとするのはなぜですか?
「僕自身もすべて保護しているわけではないんですよ。すれ違う野良猫を全部連れて帰るわけにはいかないので…。シャンティとパンクを見つけたとき、まだ目が開くか開かないかというくらいの子猫だったので、このまま一晩置いたままだと確実に死んでしまうなという状態だった。普通の野良猫は、そこまで追いつめられてはいないんですよね。だから、助けるしかなかったんです」
《ビーチ(雄)推定3才》
—でも猫が好きだからという理由だけで、何匹も飼うことは難しいですよね。
「猫がストレスを持たないで暮らせる環境が保てれば、大丈夫ですよ。むしろ猫同士の環境をどうやって維持していくかのほうが大変です。でも僕は数を増やしたくて増やした訳ではなく、意図せず増えてしまった。僕は利己的な人間なので、僕一人だったらこういう状況にはなっていなかったと思います。妻が助けてやれというから、だったら助けてみようと。そんな立派な話ではないんですよ」
—本の最後に、新しく町田家にやってきたビーチのことが登場します。ビーチとの出会いは?
「家の近くにある、ビーチ(海辺)にいたんです。あの辺りは人気が全くないので、多分捨てられたのかなと。同じ場所にもう一匹捨てられていて、その子は保護して里親募集に出し、もらわれていきました。海辺には犬の散歩でよく行くのですが、ついこないだもトナを保護しました。みんな毛の色が似ているので、兄弟だと思います。人の住んでいる家の周りには野良猫が沢山いるのですが、海辺には食べ物も何もない。たまに観光客が唐揚げをあげたりしていますけど、それじゃあ生きていけないですよね。捨てられた猫は早く保護しないと、どんどん野生化してしまう。トナは多分捨てられてすぐだったと思います」
—トナの由来は? 名前のこだわりはありますか?
「トナは人懐っこいから、《ひとなつっこい》の《ひ》と《つっこい》をとってトナになりました。名前をつける時は切迫しているんです。保護したらすぐに獣医に連れて行くのですが、カルテをつくるために名前が必要になる。だから命名は瞬発力ですね(笑)。保護団体の人から預かっているネムリキョウシロウは、最初ネムちゃんと呼ばれていたのですが、ネムちゃんだとキャラクターがよく見えないと感じ、ネムリキョウシロウにしました。でもフルネームで呼ぶことはなくて、ネムリって呼んでいます」
《トナ(雌)推定1才》
—ビーチとトナはどんな性格ですか?
「この2匹は割と大人しいですね。床の間の飾りも、シャンテイやパンクなら一瞬で登ってボロボロにしてしまうと思いますが、2匹は手を出さない。この部屋は打ち合わせや取材に使うので、普段は猫は入れないんです。でもシャンティとビーチは引き戸を開ける技術を持っていて、たまに鍵をかけ忘れると勝手に入っています。まず棚に登って、鴨居を渡り、神棚を通り抜けて、欄間から顔を出したり(笑)。あと火鉢があるのですが、見てないときにトイレに使っているようです。砂の手触り・足触りが最高に気持ちいいみたいで。もしかするとトイレでなくただ掘っているだけかもしれませんが、畳に灰の足跡が付くので大変です」
人間の手を借りずに命をつなぐ、猫という生き物
—町田さんは犬も飼っていますが、猫と犬の相性はどうですか?
「保護団体の犬を一時的に預かっていたのですが、引き取り手がなくて、結局飼うことになりました。それから半年後に兄弟がやってきて、また別の所で保護した犬が加わり、全部で3匹います。猫たちは全く犬に興味がないのですが、犬のほうは異常に猫に興味があるみたいで(笑)。かなり積極的に近づくから、猫はビックリして逃げていきます。犬はしつけや散歩をしますけど、猫はそんなことをしたら嫌われてしまいますよね。猫を飼うまでは犬の方が好きでしたが、今はもうどちらが好きとかではないです」
—猫と犬の違いは?
「猫のほうが自分だけで生きている。ブリーダーの猫でない限り、野良猫は自分で勝手に生まれて、自然に繁殖しています。一方犬は、生命はあるのですが、人間が生産している生産物なんですよね。だから、小さい赤ちゃんと同じ。猫なら庭に一週間出していてもなんとか生き伸びると思いますが、犬はどうしていいか解らず死んでしまうと思います。つまり猫は、人間とは離れて生き物として存在している。野良猫は寿命が短いといいますが、だからこそ自分が保護した猫たちには長生きをして欲しいと思っています」
—1〜2匹であれば綿密なケアはできると思うのですが、10匹ともなると大変ではないですか?
「今はちょっと大変ですね。世話自体はたいしたことがないのですが、雄が多いので気を使います。みんな甘えたがりなんです。甘えたいんだけど、みんなで甘えるのではなく、一人で甘えたい。誰か先にいると嫌みたいで、場所取りの争いが起きます。それで、猫同士が少し苛だっていて。だから最近は甘えられる時間を増やそうと、猫たちのいる2階で仕事をしています。パソコンのキーボードの上をウロウロして、勝手にタイプされてしまうこともありますが(笑)、今は猫が一緒にいる時間を望んでいるので、なるべく対応してあげたいんです」
—ご飯を食べる時も、それぞれの猫に気を使いますか?
「奈々はプライドが高く他の猫と一緒が嫌みたいで、別の場所を用意しますが、基本的には民主的です。ただ、食欲旺盛な猫が他の分まで食べてしまわないようには気をつけています。犬だと手作りフードを作ったりするようですが、猫は食べてくれないので基本的にはドライフード。野良時代があった猫たちは、人の食べるご飯に興味を示すこともありますね」
—トイレは共同ですか?
「1階には3個、2階は2カ所にわけて7個置いています。あまりトイレには神経質にはなっていないようです。どちらかというと、足に砂をつけて歩き回るので、色んな所がジャリジャリになってしまうのでちょっと困っています」
—遊び道具はどんな物を?
「エルは黄色い猫じゃらしの先端がとれた部分を気に入って、どこに行くにも持ち歩いています。あと、大きいチーズの形をした空気圧でネズミが顔を出すおもちゃも人気で、みんなが遊びすぎて壊れてしまいました。棒の先に荷造り用の紐をつけたやつも好きみたいで、発狂しますよ(笑)」
—ギターの音が好きな猫もいるとか。
「もう亡くなってしまったのですが、トラはギターが好きでした。僕の経験からいうと、キジトラはギターの音が好きというデータがあります。耳をすまして聴いている感じがするんですよね。何々の曲というよりは、音自体が好きみたいです。うちだけかもしれませんが(笑)」
—猫によって性格が違うと思うのですが、自分に似ているなと思う猫はいますか?
「よく犬や猫を擬人化して、自己投影する人がいますが、間違っていると思うんです。小説では何かになぞらえて書くことはありますが、実際の現実では人間と同じではなく、猫は猫として、犬は犬として扱い、それぞれの動物の習性を尊重するべき。そうでないと、精神的な健康が損なわれる。なので、自分に似ているなということは考えたことがないですね」
—一緒に暮らしていて、猫は人の習慣をどれくらい察していると思いますか?
「かなり察していると思います。以前『パンク侍、斬られて候』という小説を書いていた時、仕事場と家が別れていたんですが、その頃は自分の気持ちがものすごく仕事に集中していて、普通のテンションじゃなかったんです。そんな状態で家に帰ると、猫がバーッと逃げていくんです(笑)。普段なら玄関で待っていたりするのですが、いつもと違うなという気配は感じているのだと思います」
《ネムリキョウシロウ(雄)推定2才》
病気や死を受け入れ、日常をありのままを描く
—猫のエッセイを書くきっかけは?
「最初は猫雑誌の方から、“猫との生活を面白おかしく書いてください”と依頼されたんです。普通のエッセイを書くときはフィクションを入れて書くのですが、猫は猫で人格を持っているので、フィクションではなく実際に起きたことを書いていました。だから、猫が病気になったり亡くなったりした話も書いていたんです。ところが、編集者から“読者からクレームの手紙がきたので、猫が病気になったり死んだりする暗い話は書かないでくれ”と言われて。その号で連載を降りました。そんなバカな話はないですよね。人間だって死ぬわけだし、まして犬や猫を飼うということは病気や死を避けては通れない。それを見たくないというのはおかしいと思ったんです。でも本になってからは、読者の方からも、自分の飼っている猫をきちんと飼わなければと思いましたという好意的な反応になりました」
—『膝のうえのともだち』には、猫になった短編小説が収録されています。
「この話はちょっと別モノというか、出版社から猫たちの写真集を出すことになり、せっかくなので短編小説を書き下ろしました。以前飼っていたココアが言いそうなことを考えながら書いたので、自分の中ではリアリティーがあるのですが、あくまで小説として書いた作品です」
—猫が登場する絵本も書かれていますよね?
「『猫とねずみのともぐらし』はグリム童話を翻案して書いた作品です。ストーリーを自由に変えていいと出版社からいわれたので、グリム童話の中でもあまり有名ではない『猫とねずみのともぐらし』を選びました。グリム童話にはそれぞれアレゴリーがあるのですが、この話は何が言いたいのかよくわからないんですよね。僕なりにこの話から考えたことは、異なった信仰を持つ者は一緒に生活できない。そこで、発端は一緒ですが、結末は原作と違う形で書きました」
—日々10匹もの猫に囲まれていると、エピソードは尽きることがないですね。
「僕は猫の話をネタとして考えたことはなくて、日頃から見ているうちに、こんなことやるんだとか、こんな顔をするんだということを書いています。『猫とあほんだら』に書いてある、シャンティとパンクを拾ってこっそりホテルに連れて帰った話も、その場では必死なんですよね。でも人は必死であればあるほど、他人からは面白く見えるんです(笑)」
—町田さんは沢山の猫との別れも経験しています。どのように別れを、受け入れてきたのでしょうか。
「猫は自分たちよりも先に死んでいきます。僕自身もあと20年もすれば死んでしまうので、それは受け入れていくしかない。猫が死ぬ時に見ていると、死にたいとは思っていないんですよね。苦しくて辛いと感じているかもしれないけれど。だから、なるべく楽な状態で楽しく長く生きれるようにしてあげることが、僕は楽しいんです。病気になることもあると思うのですが、一番やってはいけないのが“とりあえず様子をみる”ということ。とにかく病院にいくことが大事で。今は24時間やっている獣医も多いので、すぐに連れて行くことです。とはいえ、どこでもいいという訳ではなく、きちんと信頼出来る病院を普段から決めておくことが大切です」
—先程、猫は自然のままで暮らして行ける力があるとおっしゃっていましたが、ではなぜ保護するのでしょうか。
「例えば、ワクチンを打てば病気を防ぐことができますが、それは自然摂理に反するかもしれない。でも長生きできるなら、ワクチンを打てばいいと僕は思います。去勢を嫌がる人もいますが、僕はやるべきだと思っている。去勢することで癌のリスクが減ったり、発情期の度に外へ出て傷だらけになって帰ってくるくらいなら、去勢したほうがいい。人間は癌になった時に、延命治療をするかどうかは自分で意思を表現することができます。そして、基本的に大多数の人は治療をしますよね。同じことだと思うんです。人間の浅はかな考えかもしれませんが、統計的に間違いなく寿命が延びるのであれば、僕はやったほうがいいと考えます」
—短命でも
実した人生という考え方もありますが、長く生きることにこだわる理由は?
「まず自分自身が死にたくないと思っています。そして、ヘッケという猫が病気で亡くなった時、確実に死にたくない!という声が聞こえた気がして。センチメンタルな話かもしれませんが…。家で飼われているすべての猫の運命は、人間が担っている。だから自分が飼うと決めた以上は、長生きさせてあげたいんです」
【町田家で暮らす猫たち】写真:町田康
《奈々(雌)9才》
《エル(雄)6才》
《シャンティ(雄)6才》
《パンク(雌)6才》
《ニゴ(雄)推定12才》
《オルセン(雌)9才》
《パフィー(雌)9才》